患者さんの想いを聴き、状況に応じたケアを提供する
~患者さんが大切にしていることを私達も一緒に大切にしたい~

看護師に必要最低限の関わり以外は望まないBさんとの関係構築の時期

これは、私達の病棟に入院して来られたBさん(40代独身女性)の、治療期から看取りまで継続して関わった中での話です。Bさんは、すい臓がんで治療中でした。お母さんがお店を経営されており、そこで経理の仕事をしていたため、入院中も病室で経理の仕事をしていることがありました。近所に妹さん夫婦が住んでおり、甥ごさんや姪ごさんをとても可愛がっていました。馬が好きで、化学療法後の辛い症状がある中でも、馬を見るために北海道旅行に行くくらい好きでした。
そんなBさんが私たちの病棟に入院して来られました。最初の頃のBさんは、私達に対してどこか壁があり、必要最低限の関わり以外は希望されませんでした。看護師の頻回な訪室を好まず、自分のペースで過ごし、好きなものを食べて自分でインスリンを調整していました。Bさんは自分の病気や治療方法の事を調べており、Bさんなりに体調をみながらコントロールしている様でした。また、清拭よりもお風呂に入りたいという希望があり、1回の入院期間の中での入浴回数等も自分で調整していました。自分で出来ることは自分でするという強い意志を感じ、そのBさんの想いを尊重した関わりをしながら、看護師として療養生活に関するアドバイスや情報提供を行いました。
私達は、今までの治療経過や病気に対するBさんの想いを聞く必要性を感じつつ、あまり踏み込んでほしくないという雰囲気のBさんの想いにも配慮しながら関わりました。無理にBさんの希望に沿わないような事は行わず、主治医とも相談しながらあくまでもBさんのペースを見守りながら、そのうえで1つ1つの介入時は丁寧に関わり信頼関係を構築していった時期でした。

関係性を築き、スタッフ全員でBさんの意思を尊重した関わりを行った時期

化学療法や症状緩和のために3回の入退院を繰り返し、その間にご家族と一緒に北海道旅行をされ、Bさんとしては自分の希望通りに事が進んでいたのだと思います。入院中は、私達にも必要最低限の関わり以上は望まれませんでしたが、そんな中でもBさんが何を大切に思っているかを理解し、私達も、その思いを大切にするように関わりました。多職種カンファレンスの機会に、Bさんについて話し合うことで違った視点での意見を聞き、ケア方法に活かすことができました。
Bさんとの信頼関係が深まるにつれて、病気以外の事での会話が増えました。Bさんの好きな馬の事、猫の事、グルメな方なので、お肉の事など、色々な話をする中でBさんの表情も和らいだものになっていました。また、ケアや処置方法1つにしても、どうしてその方法になったのかという理由をチーム間で共有することで、Bさんにとって最善のケア方法であることをスタッフ全員が理解することが出来ました。病棟スタッフ全員で、Bさんの希望することや接し方を理解することで、より信頼関係も深いものになっていきました。
 4回目の入院は、イレウスでの入院でした。イレウス管からの排液の色は赤く、病状の悪化を感じさせ、不安が強くなっているようでした。考えたくはないけれど大丈夫ではないかもしれない、そんな気持ちに襲われたのだと思います。『大丈夫かな?』『この管、抜けるかな?』と1つ1つ確かめるように聞かれるBさんに、ゆっくりと説明し寄り添い、いつでも支えているという姿勢で関わりました。

思うように意思を伝えられないBさんと家族の思いを察しながら関わった時期

 Bさんは病気の進行から、がん性疼痛が出現し、5回目の入院となりました。この時、Bさんは私達の病棟での入院を希望されました。痛みもあり、トイレ移動も困難で、ほとんど動くことなくベッド上で過ごしていました。入院してすぐの頃、お母さんが「秘密の話があるので」と言い、人払いをし、関係者を呼んでいました。Bさんも意識がはっきりしていたので淡々と「みんなに迷惑を掛けないように」と言い、自分が亡くなった後の事を相談している様子でした。
 それから、しばらくして痛みの緩和のためにモルヒネを使用するようになりました。これまではナースコールをほとんど押さないBさんでしたが、その頃からナースコールを30分に1回くらいのペースで押すようになりました。体位によっては押せないので左右にナースコールを設置していました。また、夜は看護師も少ないため、他のチームの看護師も協力し、みんなでナースコールに対応しました。病棟スタッフ全員でBさんのことを共有していたので、好む枕の位置や、お気に入りのぬいぐるみの位置など、みんなが知っていました。
 状態は段々と悪化し、Bさんは思うように話せなくなってきました。お風呂が好きだけれど1人ではお風呂に入れないBさんのために、何か出来ることはないかとカンファレンスで話し合い、週2回のシャワー浴を計画しました。体位の要望もうまく伝えられないのでご家族にも確認し、話し合いながら適切な体位にしたり、Bさんが何を望んでいるのかを察しながら関わるようにしました。その方法でよいかどうか、カンファレンスで定期的に評価し、Bさんの苦痛緩和に努めていきました。
そして、別れの時が近付いてきました。お母さんに、今日か明日がお別れになるかもしれないという事を伝えました。こういうことを言うタイミングはとても難しいのですが、伝えた後も、私達で家族を支えようと決めて伝えました。別れが近いことを伝えた後、お母さんは私達一人ひとりの名前を言って「ありがとうございました」とお礼を言われました。翌日、Bさんはご家族や友人等、多くの人に見守られながら旅立たれました。その後、ご家族と一緒に、元気だった頃のBさんの思い出を話しながらエンゼルメイクを行いました。今までの関わりがあったからこそ、ご家族も穏やかに、落ち着いてBさんの看取りを迎えることが出来たのだと思います。
 四十九日が過ぎ、お母さんと妹さんが病棟に挨拶に来られました。私達にBさんの遺言を見せて下さり、Bさんの想いを知ることになりました。まだ元気だった頃、病室で嬉しそうにステーキを焼いていたBさんの姿や表情が思い出されました。最初は、どの様に関わるのか悩んだ時期もありました。しかし、病状が変化する中、Bさんの想いを聴き、その時期に応じた関わりをすることで信頼関係を築き、Bさんにとって過ごしやすい環境を整えることが自然と出来るようになっていきました。
患者さんやご家族の思いを尊重し、大切にしていることを一緒に大切にして関わること、どんな困難な状況でも諦めずにチームで関わることの大切さをBさんが改めて考えさせてくれたのだと思います。これからも、患者さんやご家族の想いを聴き、状況に応じたケアを提供できる様に頑張っていきたいです。