1枚の写真
A氏は肝臓がんの末期で転院して来られた患者様だった。初めて日勤で受け持った時は険しい顔で眉間に皺が入り、会話にもうなずく程度で付添いの奥様も不安そうにされていた。転院して間もない為か、元々の性格かは、初めてお会いする私にはわからなかったが、話しかけてもらいたくないオーラが出ているように思った。第一印象は苦手なタイプだった。
しかし、再びA氏を受け持つ日が来た。相変わらずの話かけてもらいたくないオーラが出ていたが、何か会話のきっかけはないかなとテレビを観ると、サスペンスの再放をしていた。巡回の最後に「サスペンスが好きなんですか?私もよく観るんですよ。」と一声かけて退室した。その後もやっぱり訪室すると、2時間サスペンスの再放送を観ている事が多かったので、「サスペンスやっぱり好きなんですね。私は夫婦でよく観るんです。Aさんは?」と聞いてみた。すると「うちも夫婦でよく観るんですよ。」とA氏。
A氏の奥様は、「私がつい寝てしまうとお父さんが後から犯人を教えてくれるんです。」とおっしゃり、出演者の話を3人で笑いながら話すことが出来た。その後も午後からの訪室は、サスペンスドラマの話で盛り上がることが多かった。
そんなある日、A氏の奥様から「いっしょに写真を撮ってもらえませんか?」と声をかけられた。最初は戸惑ったが、奥様から「転院してここで最期を迎えると思うと主人になんと声をかけたらいいのか分からなかった時に、看護師さんに何気なく話しかけてもらった事で私も主人も笑うことが出来たんです。主人の笑顔は久しぶりに見ました。写真に残したいんです。」との言葉を頂いた。その後病室でA氏を囲んで奥様と私で笑顔の写真を撮影した。
A氏と奥様にとって最後の写真になるかもしれないのに私が写っていいのかと思いながらだったが、写真を見てA氏も奥様も満足した様子だった。その後A氏は、奥様の献身的な介護の末、永眠された。後日挨拶に来られた奥様から「家のテレビの上に、看護師さんと撮った写真を飾っています。見るとお父さんを思い出すけど勇気もでます。」との言葉を頂いた。
重い病室の空気が少しでも和やかにならないかと考え身近なテレビを話の糸口にしてみた。A氏の奥様は、毎日病室でA氏との話の糸口を探していた。A氏の笑顔を引き出すことができたことで、奥様の笑顔も戻ったように思う。
病室に行くと患者様の状態を観察することに気をとられ、患者様がリラックスできる雰囲気作りや療環境や療養環境まで気がいかないことがある。雑談をしていると仕事をさぼっているような罪悪感を持つこともある。しかし患者様をリラックスさせるのは、合間の雑談や、話をしやすい雰囲気作りだということを実感できた。奥様にとってA氏との笑顔の写真は大切な宝物になった。お二人の大切な時間を一緒に過ごさせて頂き、A氏との写真は私にとっても宝物である。
この話のいいところ
この看護師は、病状だけでなく患者さんを「人」としてみている。
奥様、A氏2人にとって病気のことだけでなく、その人(自分自身をみてくれた)と思ったから「写真を撮ってもらえませんか」と言われたのではないか。
TVのサスペンスの話をしたのは看護師が聞いている感じではなく、普通の人として身近に感じたのではないか。
看護師が声かけを行ったことは、夫との接し方が分らなかった奥様にとって嬉しかったのではないか。家族ケアにもつながっている。
看護師は話しかけにくい患者さんに対して、サスペンスドラマについて繰り返して声かけを行なっている。これはベテラン看護師が持つ暗黙知のなせる技で、「このままでは、長年つれそった夫婦が、夫の最後を、良い形で迎えられないのではないか」と考え、繰り返し声かけする判断になったのではないか。(本人も気付かないうちに行動している)
看護には正解はないし、間違いもない。自分が感じたこと、考えたことが看護の良さではないでしょうか?