透析導入を希望しないNさんを看取って

介護老人保健施設 わたつみ苑

わたつみ苑では自宅退所を目的とした、リハビリや日常生活援助を行っています。利用者さんやその家族の状況を把握し、QOLの向上をはかります。デイサービス利用者約30名、入居利用者は80名弱います。利用者ができる限り、自宅で過ごしているような感覚で生活を送れるよう援助しています。
高齢になると、たいていの人が何らかの病気を持っており、内服治療や定期的なフォローを受けています。それが、末期がんや、人工透析が必要である状態であったとしても、必ず入院加療が必要なわけではなく、対症療法などでゆっくり穏やかに生活を送っていく選択もあると思います。その中で、そのまま看取りという形をとることもあります。わたつみでの看取りがどのようなものなのか、昨年、私が関わったNさんのお話をしたいと思います。

体調が一進一退するごとに様々に不安を訴える妻のNさんのことだけを考える時間

Nさんは、自宅入退院を繰り返していました。少しずつ認知症状も見られるようになり、末期腎不全と診断されていましたが、透析導入は希望されないとのことで、家族の介護負担の軽減と、食事療法や内服療法で、身体状況が安定し、日常生活を過ごせることを目的として、わたつみ苑に入られました。ご家族は病院から看取りと説明を受けていましたが少し疑問に感じました。私たちは、生活をする中で利用者の状況をみながら看取りを提案していくからです。
入所してから、Nさんの体調が一進一退するごとに、妻は日々不安を訴えました。私たちは、妻の訴えに対応しますが、Nさんの様子を見るたびに訴えが変わります。医師は腎性貧血の治療や輸血なども提案しましたが、妻は「点滴もしなくていいです」と返答しました。月日が経ち、Nさんが食事できなくなると、妻は、何も口にしないことに不安を訴えました。私たちは、Nさんの反応と状況を見ながら、摂取できる、飲み物などを提案し、試み、吸引も行いました。それでも、不安はぬぐえず、最低限の点滴を行い、妻はやっと安心しました。妻は、自らNさんの口に水分などを運ぶことで、食事摂取機能が低下していることを認めていきました。これらの流れは、妻にとって、最後にNさんのことを考え、これだけのことをNさんにできたという、思い出の一つになったと思います。

息子さんの「どうして、このような状況になったんですか?」にその経緯を丁寧に説明

最近は、死期が近くなったと看護師が判断したら、家族が寝泊まりでき、親戚などが訪れやすくなるように早めに個室移動するようにしています。家族と同じ時間を過ごすことができ、意思疎通がはかれるうちに家族とのコミュニケーションができます。Nさんも個室移動しました。看護師や介護福祉士がその都度関わっていき、ケアをすることで、安心感もあったようです。そして、最期の時が来ました。夕方訪れていた親族や息子さんたちが帰られ、妻からナースコールがありました。「お父さんの呼吸がおかしいんだけど、どうしたらいいん?」。 すぐに訪室すると、妻は混乱した様子でNさんの顔を見つめていました。死期が近いかもしれないことを伝え、会わせたい人を呼ぶように伝えました。妻は、「もう、みんなと十分会ったので、誰も呼ばなくていいよね?お父さん。」と言い、息子さんたちに連絡をとりました。しばらくすると、たくさんの親族が集まっていました。親族の前で息子さんより「どうして、このような状況になったんですか?」と訊ねられ、私たちは「今さら?」と少し困惑しましたが、おそらく、親族が父親のこれまでの経緯について説明しきれないと思われ、私に代弁してほしいのかなと思ったので、Nさんがわたつみで過ごされることになった経緯について伝えました。その時、奥さんが「透析しないって言ったのは、お父さんなんよ。」とおっしゃられたので、透析を行いながら、自分の身体と向き合って、過ごすのも、透析を行わないで日常生活を穏やかに過ごすのも、ご本人の意思で決められたことで、どちらも、間違ってはないと思うということをお伝えしました。

息子たちが身体を拭きながら「おやじ、お疲れ様、ありがとうな」の言葉に良い看取りを実感

その後、間もなく息を引き取られ、医師の処置も終わり、介護福祉士はエンゼルケアセットを見栄えがいいように準備し、カートで部屋に運びました。ある程度、身なりを整えた後、上半身を拭く時に、介護福祉士より「奥さんにも声かけましょう」と提案があったので、妻に「一緒に拭かれますか?」と声をかけました。妻は「是非させてください。」とおっしゃられ、立ち上がった時、息子さん二人が、「私にも拭かせてください。」とおっしゃられ、驚きました。私たちはこれまでの経験から男性が拭くという発想が全くなかったからです。このことは、私たちが看護を考える上で既成概念に捉われないことの大切さを教えられました。息子さんたちは身体を拭きながら、「おやじ、お疲れ様、ありがとうな」とおっしゃっていました。
なんとも良い時間が持てたと思いました。医師への連絡や死亡診断書や、ペースメーカーの取り出しをしながら、介護福祉士の家族やNさんへの細かい心遣いがあったおかげで良い看取りができたと思いました。お見送りは表玄関から、介護福祉士と二人で行いました。その時のご家族の笑顔と感謝の言葉が忘れられません。